
僕の右手を知りませんか
- kameidotakano
- 6月4日
- 読了時間: 1分
私と妻は、日本文化の運び人である

私は日本文化の運び人である。
蕎麦を打つために生きているのではない。
ラーメンを打つために生きているのでもない。
私が本当に運びたいものは、その奥にある日本の文化である。
四季を敬う心。
素材に感謝する心。
手でつくることを大切にする心。
非効率の中に価値を見出す心。
そんな日本人が長い時間をかけて育んできた哲学や美意識を、私は私なりのやり方で世界へ運びたい。
フランスで十割蕎麦を打つのもそのためだ。
フランスの蕎麦粉。

フランスの水。
フランスの風土。
その土地の力を借りながら、日本料理の哲学を表現する。
私は農産物を売りたいのではない。
量の勝負ではなく、文化の輸出をしたい。
熊本の蕎麦粉も、柚子も、その土地の物語も。
私はこの手で世界へ運びたい。
人から「Japonais」と呼ばれるたびに、自分が日本人であることを誇りに思う。
もっと日本人になりたい。
もっと日本を知りたい。
もっと日本文化に溺れていたい。
残された職人人生の中で、私はこの手を使い続ける。
蕎麦も打つ。
ラーメンも打つ。
しかし、それらは目的ではない。
私は日本文化の運び人である。
この手で、日本を世界へ運ぶ。





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