僕がフランスで蕎麦を打つ理由
- kameidotakano
- 6月15日
- 読了時間: 2分
なぜ私はフランスで蕎麦を打つのだろう。
最初は違った。
お店の発展。
自分の可能性。
有名になれるかもしれない。
そんな気持ちもあった。
けれど、フランスへ行くたびに少しずつ変わっていった。
現地の人たちは私を見て言う。
「Japone」
日本人。
その言葉を聞くたびに嬉しくなる。
ああ、私は日本人なんだ。
そう心から思える。
日本にいる時よりも、日本人であることを強く感じる。
だから私はもっと日本を知りたくなった。
もっと日本料理を知りたくなった。
もっと日本の文化に溺れていたくなった。
私が打っているのは十割蕎麦だ。
しかし本当に届けたいのは蕎麦ではない。
日本料理の哲学。
先人たちの知恵。
風土への敬意。
季節を愛する心。
いただきますという感謝。
そういう日本人の美しさだ。
私はフランスの蕎麦粉を使う。
フランスの水を使う。
フランスの空気の中で蕎麦を打つ。
その土地の力を借りながら、日本料理を表現する。
護摩蕎麦も同じだ。
熊本の郷土料理「呉汁」から学んだ大豆の文化。
身体に徳する食事という養生の思想。
それを一杯の蕎麦に込めている。
量の勝負ではない。
文化の輸出だ。
私は農産物を運びたいのではない。
日本の文化を運びたい。
私は蕎麦職人であり、
料理人であり、
そして日本文化の運び人である。
だから今日も蕎麦を打つ。
いつか世界のどこかで、
一杯の蕎麦を通じて
「日本っていい国だね」
そう思ってもらえる日を信じて




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